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最高裁判所第三小法廷 昭和43年(あ)1260号 判決

主文

原判決および第一審判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

被告人本人の上告趣意について。

所論は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

しかし、職権をもつて調査すると、原判決および第一審判決は、後記のように刑訴法四一一条一号により破棄を免れないものと認められる。

原判決および同判決の維持した第一審判決の確定した事実によると、本件右折進行禁止の道路標識は、京都府公安委員会告示第五一号によつて全方向からの右折を禁止された京都市下京区東洞院通り四条交差点の北側、すなわち東西に通ずる四条通りと直角に交差する東洞院通りの同交差点に入る手前右側路端に設置されたものであつて、その支柱に「貨物(貨客兼用を除く)14―22 2輪(125CC以下)9―22の左折を除く」と記載された方形の標示板が取り付けられていたもの(別紙図面参照)であるところ、被告人は、第一審判決判示の日時に、貨客兼用車を運転して東洞院通りを南進し、同交差点において右折通行したというのである。そして、第一審判決および原判決は、以上の事実関係を前提として、被告人の所為が、道路交通法七条一項の規定に基づく京都府公安委員会の定めた車両等の通行禁止、制限に違反するものとして、同法一一九条一項一号の罪が成立することを肯定しているのである。

ところで、道路交通法施行令七条三項は、公安委員会が道路標識を設置するときは、歩行者、車両または路面電車がその前方から見やすいように設置しなければならない旨を規定しており、このことにかんがみても、道路標識は、ただ見えさえすればよいというものではなく、歩行者、車両等の運転者が、いかなる車両のいかなる通行を規制するのかが容易に判別できる方法で設置すべきものであることはいうまでもない。しかるに、本件道路標識は、全車両に対し終日右折進行を禁止するものであるところ、その支柱に取り付けられた前記方形の標示板は、本件道路標識の禁止していない左折進行に関する注意事項を掲げたにすぎないものであるから、道路標識、区画線及び道路標示に関する命令(昭和三五年一二月一七日総理府、建設省令第三号)の規定する本標識に附置される補助標識のうち、本標識が表示する禁止、制限または指定の日または時間を示すもの(同命令別表第一番号(502))には該当せず、また、本標識が表示する禁止または制限の対象となる車両を特定するために必要な事項を示すもの(同番号(503))にも該当しないものであるにもかかわらず、本件記録によれば、その形式外観において補助標識と同様であり、その記載方法もまた、右各補助標識のそれとまぎらわしいものであることが認められる。しかも、同命令によれば、本標識が表示する意味を補足するため必要な事項を示す補助標識(同命令別表第一番号(510))が附置されるのは、本標識のうち警戒標識のみであることをも合わせ考えると、本件標識により、車両等の運転者が、いかなる車両のいかなる方向への進行を禁止、制限されているのかを一見して容易に判別できるものとは認められず、したがつて、このような標識の設置方法は、道路交通法施行令の前記法条に違反するものであり、これによつては、東洞院通りを南進して本件交差点を右折進行しようとする車両等の運転者に対し、右折進行を禁止、制限する旨の通行規制が、適法かつ有効になされているものということはできないといわなければならない。してみれば、被告人の本件所為は、公安委員会による右の有効処分の存在を前提とする道路交通法一一九条一項一号の罪を構成しないというべきであり、それにもかかわらず、被告人に対し右の罪の成立を認めた原判決および同判決の維持した第一審判決は、法令の解釈を誤つて被告事件が罪とならないのにこれを有罪とした違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、刑訴法四一一条により、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よつて、刑訴法四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(飯村義美 田中二郎 下村三郎 松本正雄)

〔別紙〕

被告人の上告趣意

一審及び二審に於いて弁護人より述べた如く被告が右折通行せる交差点(以下当該交差点と略す)の直前に設置される道路標識(以下当該標識と略す)について審理の対象とされている事は明白であります以下当該標識を中心に被告の趣意を述べます。

一、当該標識

二、当該標識は本標識及び補助標識の組合せによる道路標識である。

(道路標識、区画線及び道路標示に関する命令第一章分類第一条第一項参証)

三、被告が普通貨物自動車の内貨客兼用車を運行し当該交差点を右折通行した事はすでに一審に於いて検事及び現認の警察官の認める処である。

四、道路標識、区画線、及び道路標示に関する命令(以下同命令と略す)の定める処により、

本標識は同命令(三一一号

A――E)に該当する標示板である

補助標識 〃 (五〇二

五〇三号)

被告は補助標識中特に五〇三号について審理願い度いのであります。

同命令五〇三号

①本標識が標示する禁止又は②制限の③対象となる車両を特定するため④必要な事項を示すこと

① 本標識が標示する禁止とは同命令三一一号指定方向外進行禁止を標示する標識即ち右折通行禁止。

② 制限とは本標示が標示する制限とは規制標識の内重量制限、高サ制限等を標示する道路標識を指すのである、依つて当該本標識には関係なし。

③ 対象となる車両を特定するためとは対象となる特定の車両は補助標識に明示されたる如く貨客兼用車を除いた貨物自動車である(二輪については省略す)

④ 必要な事項とは同命令五〇二号に示す通り時間内貨客兼用車を除く貨物自動車の左折禁止を示す。

以上同命令を忠実に履行し当該標識を判読するならば右折通行を禁止された車両は貨客兼用車を除く貨物自動車であり、示された時間内には貨客兼用車を除く貨物自動車は左折をも禁止するとの道路標識であり規制標識であると確信する。

五、被告は次に示す道路標識の設置される交差点を日常右折するもそのすべてが同命令に合致するのである。

六、万一前述の趣意にもかゝわらず被告の法的判断又は解釈が間違つているとするならば当該交差点の東数百米の木屋町三条西条両交差点に設置される道路標識(添付の写真)を参証され度い、三条四条両交差点に於いては全車両右折禁止であり特定の車両は示された時間内左折禁止即ち直進のみを標示する道路標識が設置されている前述の如き道路標識こそ同命令の定める処に基き企画、立案されたものであり車両を運行するものは自らの車両を道路標識の示す或は同命令の定める処により進行出来るのである。

当該交差点に於いても次に示す如き道路標識が設置されていたとするならば被告は右折通行しなかつたであろうと信ずる。

以上述べた諸項目に亘り細部迄審理を賜れば被告の無罪は自づと証明されるものと確信しております。          以上

弁論要旨

本件上告趣意は、法令の解釈適用を誤り、ないしは事実誤認を主張するもので、適法な上告理由にあたらない。

すなわち論旨は、本件道路標識は指定方向外進行禁止の規制標識であるが、その下方に取りつけた補助標識によりその規制を受ける車両及び時間が限定されるものと解せられるべきで、貨客兼用車を除く貨物自動車と二輪車のみが指定方向外進行禁止の規制を受け、被告人の運転していた貨客兼用車は何らの規制も受けないものであるから、原判決が被告人の右折進行を指定方向外進行禁止違反に該当するとしたことは誤りである、と主張する。

しかしながら、本件道路標識は、道路交通法七条一項、九条二項、同法施行令七条にもとづき京都府公安委員会が告示五一号により京都市東洞院通及び四条通の車両の通行を規制し、昭和三五年総理府、建設省令三号道路標識、区画線及び道路標示に関する命令別表第一、第二の定めるところに従つて、東洞院通を南行して四条通に進入するすべての車両に対し、指定方向外進行禁止(本件では右折禁止)の規制標識を設置し、なお四条通については一定時間貨物自動車(貨客兼用車を除く)及び二輪車の通行を禁止しているので、その規制時間内右両種自動車は左折して四条通に入ることも禁止せられることを注意する標示板を前記規制標識の下方に取りつけたものと認められるのである。この下方標示板は貨物(貨客兼用を除く)14―22、二輪(125cc以下)9―55の左折を除く、とあり、規制標識が進入を指定している左折から右時間内には右両種自動車の左折は除かれること、すなわち同時間内右両種自動車は直進のみが指定されていることを明示しているのであり、その記載から前記命令別表の定める補助標識でないことは一見して明白である。

被告人は同市内の他の場所における別種の道路標識の事例をあげて本件規制標識は下方の補助標識により右両種自動車のみを対象としたものであると主張するが、右の下方標示板が補助標識でないことは前記の如くその記載から一見して明らかであるのみならず、これをもつて被告人主張の如く、右折を許す趣旨に読みとることは到底できないこともまた明白である。同市内の他の場所において、指定方向外進行禁止の規制標識の下方に方形の「車両」と記載した標示板を取りつけたものが設置されたもののあることは認められるが、かくの如き標示板を付することは前記命令の定めるところではない。同一内容の規制を示す道路標識が、設置場所によつて様式を異にし、また補助標識と紛わしい標示板を規制標識の下方に取付けることは、必ずしも好ましいことではないが前記命令別表第二の備考一の(一)の1によつて明らかな如く指定方向外進行禁止の規制標識は例示であつて画一的に統一することまでも規定していないものと認められ、これをもつて違法もしくは不相当ということはできない。むしろ本件の場合、四条通は、貨物自動車等の通行が一定時間、規制されていることを注意的に標示することは妥当な措置というべきであろう。しかも被告人は昭和三七年来京都市内において自動車の運転に従事しているものであり、四条通が京都市内随一の繁華街であることは顕著な事実であるから、自動車運転者の常識として本件の如き南北の通から四条通へは一般的に右折が禁止されていることを承知していたものと思われ、仮に被告人が主張するように本件道路標識を見誤つて貨客兼用車は本件道路標識の規制を受けないものと速断したものとしても、故意を阻却するものではないから、原判決が被告人の貨客兼用車による四条通への右折進行を指定方向外進行禁止違反にあたるとしたことはまことに相当であつて、原判決には法令の解釈適用の誤りも事実誤認もないというべきである。

よつて論旨は理由なく、本件上告は棄却すべきものである。

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